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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)3154号 判決

原告 日本産業教育出版株式会社

被告 竜宝堂製薬株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金一、四四五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年四月一〇日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮りに執行することができる。

事実

第一申立

原告は主文第一、二項同旨の判決および仮執行の宣言を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

一  原告は、出版、スライドの製作販売等を業とする会社であり、被告は、医薬品、化粧品の製造、販売を業とする会社である。

二  原告は、昭和四三年四月六日、被告から化粧品の宣伝用カタログ四種類四〇万部(各種類一〇万部ずつ)の製作を依頼され、これを承諾した。

次いで、原告と被告は、同月三〇日、右契約中原告が製作するカタログを別表〈省略〉のとおり六種類六〇万部(各種類一〇万部ずつ)に変更する旨約し、同年五月三〇日、代金を一部につき金五円九八銭、合計金三、五八八、〇〇〇円とする旨約した(以下本件請負契約という。)。

三  被告は、昭和四三年六月八日ごろ、原告に対し、口頭で、右請負契約中、基礎化粧品および特殊医薬部外品のカタログを各一万部、その余の四種類のカタログを各五万部に変更する旨意思表示をした。

四  ところが、原告は、右請負契約に基づき、右同日までに、基礎化粧品、特殊医薬部外品およびボデイ製品の三種類のカタログを各五万部、その余の三種類のカタログを各一〇万部、合計四五万部の製作を完了していた。また、残り一五万部についても印刷さえすれば製作を完了する段階まで仕事を終つていた。

五  製作を完了した四五万部のうち二二万部は昭和四三年六月二〇日ごろ、被告に引渡し、二三万部については被告が同月八日ごろあらかじめ受領しない旨の意思を表明していたので、そのころ、被告に対し、製作を完了しているからいつでも納品する旨申入れて口頭の提供をした。

六  前記のとおり仕事が進行していたため、原告は、まだ製作を完了していない一五万部の契約を解除されたことにより、その請負代金八九七、〇〇〇円から印刷に要する費用一部につき四円一〇銭の割合による一五万部分合計金六一五、〇〇〇円を差引いた金二八二、〇〇〇円の損害を被つた。

七  また、原告は、昭和四三年六月八日、被告から、基礎化粧品および特殊医薬部外品の二種類のカタログ各四万部ずつ合計八万部を代金一部につき金八円、合計金六四〇、〇〇〇円で製作することを依頼され、これを承諾した(以下本件改作契約という。)。

八  被告は、昭和四三年七月三日、原告に対し、口頭で、右改作契約を解除する旨の意思表示をした。

九  原告は、右改作契約に基づき、右同日までに印刷さえすれば製作を完了する段階まで仕事を終つていた。このため、原告は右改作契約を解除されたことにより、その請負代金六四〇、〇〇〇円から印刷に要する費用一部につき金四円六〇銭の割合による八万部合計金三六八、〇〇〇円および製品の納入運賃金四〇、〇〇〇円を差引いた金二三二、〇〇〇円の損害を被つた。

一〇  よつて、原告は、被告に対し、本件請負契約に基づき、既に製作を完了した四五万部分の請負代金二、六九一、〇〇〇円およびまだ製作を完了していない一五万部分の契約を解除されたことによる損害金二八二、〇〇〇円ならびに本件改作契約を解除されたことによる損害金二三二、〇〇〇円の合計金三、二〇五、〇〇〇円から既に支払いを受けた請負代金一、七六〇、〇〇〇円を差引いた残金一、四四五、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四四年四月一〇日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三請求の原因に対する答弁

第一項記載の事実は認める。第二、第三項記載の事実は否認する。第四項記載の事実は不知、第五項記載の事実中被告が原告主張の日、原告主張のカタログ二二万部を受領したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告は、昭和四三年六月二〇日ごろ、右二二万部について原告との間に請負契約を締結し、右契約に基づき受領したものである。第六項記載の事実は不知、第七項記載の事実中、原告主張の日、基礎化粧品および特殊医薬部外品の二種類のカタログ各一万部合計二万部を代金一部につき金八円、合計金一六〇、〇〇〇円で製作する請負契約を締結したことは認めるが、その余の事実は否認する。第八項記載の事実は否認する。第九項記載の事実は不知、第一〇項記載の事実中、被告が原告に対し、請負代金一、七六〇、〇〇〇円を支払つたことは認める。

第四抗弁

一  かりに本件請負契約締結の事実が認められるとしても、被告は、昭和四三年六月二〇日ごろ、原告との間で、右契約を二二万部、代金一部につき金八円、合計金一、七六〇、〇〇〇円と変更する旨約した。

二  かりに本件改作契約締結の事実が認められるとしても、

(一)  被告は、昭和四三年七月三日ごろ、原告との間で、右契約を合意解除した。

(二)  本件改作契約で製品の納期は同月五日と約されていた。ところが、原告の作業進行状況からして納期に製品を納入することが不可能であることが確実になつたため、被告は、同月三日原告に対し、口頭で、右契約を解除する旨の意思表示をした。

(三)  原告が右納期を経過し、被告の催告にもかかわらず、製品を納入しなかつたので、被告は、昭和四三年七月一〇日ごろ、原告に対し、口頭で右契約を解除する旨の意思表示をした。

第五抗弁に対する答弁

本件改作契約の製品の納期が昭和四三年七月五日であることは認めるが、その余の抗弁事実はすべて否認する。

第六証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因第一項記載の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件請負契約の成立

成立に争いない乙第二号証の一ないし六、原告代表者尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一ないし第三号証ならびに証人武田規の証言、原告および被告各代表者尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によると、被告は、昭和四三年四月六日、原告に対し、口頭で、松竹新喜劇の女優夏湖千佳子をモデルに使用して化粧品宣伝用のカタログ四種類四〇万部(各種類一〇万部ずつ)を製作することを依頼し、原告がこれを承諾したこと、そこで、原告は、直ちに同モデルと商品を使用してカタログ用写真を撮影し、そのネガフイルムを被告に見せたところ、被告はこのうち二種類は写真に撮影された商品数が多すぎるのでこれを二分し、別表記載のとおり、合計六種類六〇万部(各種類一〇万部ずつ)にするよう指示し、原告がこれを承諾したこと、そして、原告は、写真撮影、レイアウト、宣伝文および図案の作成等をしてこれらの内容につき被告の了解を得、同年五月末日ごろ、被告に対し、代金を一部につき金五円九八銭、六〇万部で金三、五八八、〇〇〇円とする見積書(甲第三号証)を提出し、被告が右見積書記載の金額を代金額とすることを承諾したことが認められる。被告代表者尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

右の事実によれば、原告と被告との間において、遅くとも昭和四三年五月末日ごろまでには請負供給の目的物および代金額が確定し、別表記載の六種類のカタログ合計六〇万部を代金三、五八八、〇〇〇円で製作して供給する旨の請負供給契約が成立したと認められる。

三  本件請負契約の解除

証人武田規の証言、同証言によつて真正に成立したと認められる甲第四ないし第六号証の各一、二、甲第七号証の一ないし三ならびに原告および被告各代表者尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によると、被告は、昭和四三年六月八日ごろ、原告に対し、口頭で、カタログ六種類中、基礎化粧品および特殊医薬部外品のカタログは各一万部、その他の種類のカタログは各五万部の合計二二万部だけを受領するが、それ以外の三八万部の製作を断る旨申入たこと、ところが、原告は、本件請負契約に基づき、右同日までに被告から印刷原稿の校正を得たうえ既に六〇万部中四五万部のカタログの製作を完了していたことが認められる。被告代表者尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

被告は、そのころ、原告と被告との間で、本件請負契約を二二万部、代金一、七六〇、〇〇〇円と変更する旨合意したと主張する。成立に争いない乙第一号証中には、昭和四三年六月二〇日に原告が被告から化粧品パンフレツト四種類につき各五万部、二種類につき各一万部を一部当り金八円で製作することを受注した趣旨の記載があり、被告代表者尋問の結果中には二二万部とする旨申入れた際、原告代表取締役森田寛亮が承知したと答えた旨の供述部分がある。しかしながら、原告代表者尋問の結果によると、原告は被告から一方的に二二万部に変更する旨の申入れがあつて、被告が二二万部以外は受領しないことを明らかにしたので、これによる損害の発生をできるだけ少なくしようとして、被告に対し、被告が納入を承諾している二二万部分については後記改作分の単価と同額の一部当り金八円で納入したいと申入れたところ、被告がこれを承諾したこと、そこで、これを明確にする趣旨で、昭和四三年六月二〇日ごろ二二万部を納品した際に、乙第一号証を作成したにすぎないことが認められるから、右書証の記載によつては、被告主張の請負契約変更の合意の成立または原告が二二万部分以外の製作を完了した部分の請負代金および製作未完了部分についての解除による損害賠償の請求を放棄する意思表示をしたとは認められず、被告代表者尋問の結果中の右供述部分も右原告代表者尋問の結果に照してにわかに措信できず、他に被告主張の契約変更の合意を認めるに足りる証拠はない。

ところで、

民法第六四一条は請負人が仕事を完成しない間は、注文者はいつでも請負契約を解除できると規定しているが、この規定は、本件のような請負供給契約にも適用される。解除をするためには何らの理由を必要としない。しかし、仕事の未完成が解除権を行使するための要件となつているから、仕事が完成した場合はこの解除権の行使は許されない。請負供給契約によつて目的物の製作後その引渡しを必要とする場合においては、目的物の製作が終了すれば、まだ注文者に対する引渡しを終了していないときも、本条の関係においては仕事を完成したものとして解除することができなくなる。ただ、給付の目的物が可分であつて、既に完成した部分のほか未完成部分があるときは、その未完成部分についてはいわゆる契約の一部解除をなしうる。

右認定事実によれば、被告は三八万部分については必要がないからと一方的に製作を断つて受領を拒否したのであるから、これは民法第六四一条による解除の意思表示と解される。この意思表示のときには、原告は既に四五万部の製作を完了しているから、この完成部分の請負契約については契約解除の効力は生じないが、当時一五万部については未完成であつたから、この未完成部分一五万部についての請負契約は右解除の意思表示によつて解除されたわけである。

四  本件請負代金の支払義務

原告が昭和四三年六月二〇日ごろ、被告に対し、製作を完了したカタログ二二万部を引渡したことは当事者間に争いがない。原告代表者尋問の結果によると、被告は、原告に対し、前認定のとおり、本件請負契約を解除する旨申入れて二二万部以外のカタログの受領を拒絶したので、原告はそのころ、被告に対し、製作を完了した四五万部中右の二二万部を除いた二三万部についても引取つて貰いたい旨申入れて口頭の提供をしたことが認められる。被告代表者尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

右の事実によれば、本件請負代金中二二万部分金一、三一五、六〇〇円については同年六月二〇日ごろ、二三万部分金一、三七五、四〇〇円については遅くとも同月中に支払期が到来し、被告は原告に対し、右代金合計金二、六九一、〇〇〇円の支払義務があるところ、内金一、七六〇、〇〇〇円の弁済があつたことは当事者間に争いないから、被告は原告に対し、残代金九三一、〇〇〇円の支払義務がある。

五  本件請負契約解除による損害

前記甲第四ないし第六号証の各一、二、甲第七号証の一ないし三ならびに証人武田規の証言および原告代表者尋問の結果によると、原告は、右契約解除時には既に未完成部分一五万部についても株式会社日立印刷所に下請として印刷を注文し、写真撮影、宣伝文、図案の作成等を終つて印刷原稿も出来上り、あと印刷を残すだけの段階まで仕事を完了していたこと、同株式会社との契約においては印刷に要する費用は一部につき金四円一〇銭の約束をしていたことが認められる。この認定に反する証拠はない。以上認定の事実によれば、原告は、本件請負契約を解除されたことにより、仕事を完成したならば得たであろう利益を失つたから、それに相当する損害を被つたことになるが、その額は、一五万部分の請負代金八九七、〇〇〇円から印刷に要する費用金六一五、〇〇〇円を差引いた金二八二、〇〇〇円となる。

よつて、被告は、原告に対し、右損害を賠償する義務がある。

六  本件改作契約の成立

前記乙第一号証ならびに証人武田規の証言、原告および被告代表者尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によると、被告は昭和四三年六月八日ごろ、前認定のとおり本件請負契約の一部解除を申入れたが、その際、原告に対し、基礎化粧品および特殊医薬部外品のカタログは作り直すからといつて新たに各四万部を代金一部につき金八円、合計金六四〇、〇〇〇円で製作することを依頼し、原告がこれを承諾したことが認められる(このうち各一万部を代金一部につき金八円で改作する契約をしたことは、当事者間に争いがない。)。被告代表者尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

右の事実によれば、原告と被告との間において、同日右二種類のカタログ各四万部を代金一部につき金八円で製作する旨の請負供給契約が成立したと認められる。

七  本件改作契約の解除

原告代表者尋問の結果によると、被告は、昭和四三年七月三日ごろ、口頭で、右請負代金を一部につき金二円四〇銭に値引きするよう申入れ、原告がこれを断ると、それならばカタログはもう作らないでよいと言つて一方的に契約解除の意思表示をしたことが認められる。被告代表者尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。被告代表者尋問の結果中には、被告が値引きを申入れた際、被告は原告からそんな値段ではできないと言つて製作を断られた旨の供述部分があるが、原告代表者尋問の結果によれば、右は、原告が被告申出の値段ではできないと断つただけであることと認められるから、被告代表者の右供述によつても、同日本件改作契約を解除する旨の合意があつたと認めることはできず、他に被告主張の合意解除の事実を認める証拠はない。また、被告は、同日履行期に原告の債務が履行できないことが確実になつたとして履行不能による契約解除を主張する。右改作契約の製品の納期が昭和四三年七月五日であることは当事者間に争いがないが、原告が同月三日において右納期に製品を納入できないことが確実であつたことを認めるに足りる証拠はない。したがつて、被告の合意解除および履行不能による契約解除の主張は、いずれも理由がない。

そうすると、被告の前記解除の意思表示は民法第六四一条による解除の意思表示と解されるから、これにより本件改作契約は解除されたわけである。

さらに、被告は、履行期徒過による契約の解除を主張するが、前認定のとおり履行期前に右契約は終了しているから、その後に契約を解除した旨の被告の主張が理由のないことは明らかである。

八  本件改作契約解除による損害

原告代表者尋問の結果およびこれにより真正に成立したと認められる甲第八号証の一、二によると、原告は、右契約解除時には、改作分八万部の印刷を株式会社日立印刷所に発注し、既に写真撮影等を終つて印刷原稿も出来上り、あと印刷を残すだけの段階まで仕事を完了していたこと、同株式会社との契約においては印刷に要する費用は一部につき金四円六〇銭と約束しており、製品の納入には運賃として金四〇、〇〇〇円を要する見込みであることが認められる。この認定に反する証拠はない。以上認定の事実によれば、原告は、本件改作契約を解除されたことによつて、仕事を完成したならば得たであろう利益を失つたから、これに相当する損害を被つたことになるが、その額は、八万部分の請負代金六四〇、〇〇〇円から印刷に要する費用金三六八、〇〇〇円および納品に要する費用金四〇、〇〇〇円を差引いた金二三二、〇〇〇円となる。

よつて、被告は、原告に対し、右損害を賠償する義務がある。

九  結論

以上の次第であるから、被告は原告に対し、請負代金九三一、〇〇〇円および契約解除による損害金五一四、〇〇〇円ならびにこれらに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四四年四月一〇日から支払済みに至るまで商事決定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。よつて、原告の請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩村弘雄 堀口武彦 小林亘)

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